講師となったきっかけ

目次

講師となったきっかけのお話

14年前、当時アメーバブログが話題だった頃。

3記事ほど写真つきのコーンロウを記事に載せてみると、
その記事が、北海道大手の美容院チェーン店の代表の目に止まり、
「北海道と東京で講師をしてほしい」と依頼が来た。
それがきっかけで、美容師免許取得わずか数年で、講師になることに——。

当時のわたしは、講師の経験がないどころか、美容師としての経験もわずか2年。
しかも、サロン勤めはアシスタントで終えており、
オールハンドのリンパセラピーを勉強中。
美容師業界の常識としては、アシスタントもままならない状態で、講師となるとは考えてもみなかった。

でも、わたしは即答で、
「精一杯やらせていただきたいです!」とお答えし、
妊娠8ヶ月で、人生初めての飛行機に乗り、
人生初めて北海道に降り立ち、
人生初めて、講師としてのお仕事に向かう。


当時結婚していた主人の借金を一緒に返していたので、
パソコンが買えないほど、全てのお金を借金返済に回していた。
自分が元々パソコンを触ってこなかったこともあり、
パソコンで資料を作ることができない。

デジカメで撮ったお客様の施術写真と、手書きの資料をコラージュし、
コンビニのコピー機で60人分を印刷して、
ホテルで、ホチキスでとめて作った資料。

ベテラン美容師たちと、大手美容室グループの代表に、
とても感動していただき、
「先生! 先生!」と呼ばれる。

当時若かったわたしには、胸を打たれるような、脳に電気が走るような、
衝撃的すぎる喜びだった。

自分のキャリアに関係なく、
自分の専門性で、人を導けるんだな——。
美容師として、カットもカラーもできないわたしが、
更なる道を切り開けた瞬間だった。


その後、無事に娘を出産。
出産後10ヶ月で離婚。

子連れで出勤できる24時間の託児所に、保育補助として、
時給700円で勤め、
引越し資金をなんとか30万ほど貯めて、引越し。

身寄りも友達もいない土地で、
シングルマザーでは、美容院に就職さえできず、
6件、面接不採用。

全財産300円ほどになり、独立を決意し、
開業6ヶ月で、予約3ヶ月待ちの、予約困難人気店に。


店が繁盛すればするほど、
『この技術は絶対に教えたくない』
と思うようになる。

年中無休で営業し、夏のある日、過労で倒れる。

『あー、わたしは1ヶ月で、たった120人しか担当できないのか』
と、体力と時間の限界を感じ、

『この技術を教えたら、美容師も更に稼げるようになるだけでなく、
教えた美容師たちのお客様まで幸せにできるじゃんか』
と思い、MBPアカデミー事業開始に至る。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次